東京高等裁判所 昭和51年(う)1399号 判決
被告人 金基元
〔抄 録〕
まず、職権で記録を調査すると、本件は、略式命令に対する正式裁判請求事件であって、その審判の対象は、被告人が、公共の場所である原判示の路上において、渡辺眞知江(当二一年)ほか一名の婦女に対し、その着衣の上から臀部を叩くようにして触り、更に、「<中略>、一回くらいやろうよ」などと言って、同女らを著しくしゅう恥させ、かつ、同女らに不安を覚えさせるような卑わいな言動をしたものであるとして、公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例五条一項、八条一項の一万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に当たる事件であるところ、原審は、昭和五一年六月一七日午後三時の第三回公判期日の召喚状を被告人に送達せず、被告人も出頭していないのに、同期日の公判を開廷し、被告人の不出頭許可により審理を進め、証人渡辺眞知江、同瀬古沢みち子の取り調べ並びにその他書証の証拠調べを実施し、検察官の論告、弁護人の弁論を聞いたうえ、弁論を終結し、同月二九日午前九時五〇分の第四回公判期日において、勾引により出頭した被告人に対し、同人及び弁護人の再開申請を却下して、判決の宣告をしたことが認められる。ところで、被告人は刑訴法二七三条二項により公判期日に召喚しなければならないところ(本件被告人もその召喚に応ずる意思のあったことが記録上うかがわれる)、被告人に対しては前記のとおり証拠調を施行した公判期日の召喚状が送達されていないのである。もっとも、原審は、右第三回公判期日において、弁護人より「被告人から五月二二日私の所に電話があり、本日被告人に出頭するよう伝えましたので、本日の公判期日については被告人は承知しているはずであり、被告人の不出頭のまま審理されても異議ない」旨の弁明を聞いたうえ、被告人の不出頭を許可して審理を行ったものであることは記録上明らかであるけれども、弁護人の右弁明によって被告人に対する公判期日召喚状の未送達の瑕疵が治ゆされるものではなく、そしてまた、刑訴法二八四条所定の事件についても、被告人に対する適式な公判期日の告知がないのに、被告人の意見、弁解を聴かず公判の審理をすることは許されないところである。してみれば、原審は被告人に対する右召喚状を送達しないまま審理を行うという訴訟手続上の法令違反をおかしたものであり、その違反は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、所論に対し判断を示すまでもなく、原判決はこの点で破棄を免れない。
(谷口 金子 小林)